投稿日:2008-06-24 Tue
1週間くらい前の新聞のコラムに「最近の演奏者は個性がなくなった」というようなことが書かれていました。さらにその翌日には、その新聞の話題とは全く関係なく、私の工房のお客との会話の中で「昔の演奏者は、個性があった!」という話を聞きました。しかし、私は「最近の演奏者には個性がなくなった」とは思えないのです。なぜなら、もしそうだとしたら、演奏のレベル、音楽のレベルは日ごとにに劣るはずだからです。しかし現実には、この2〜300年の間に、上がってるとは言い切れないまでも、劣っているとも思えないからです。
私の結論は、最近の演奏家の個性が無くなっているのではなく、聴く側、すなわち自分自身の「感受性の低下」だと思うのです。感受性の高い時期に聴いた音楽はいつまでも記憶に残り、すなわち「その演奏者は素晴らしい!」となるわけです。
一方、イライラしたとき、毎日に生活に追われているときに聴いた音楽は、特に大きな印象も残りません。そこで「個性の無い演奏」となってしまうと思うのです。
音楽の本質は、向こう側にあるのではなく、こちら側にあります。
今の演奏者も将来、「当時の演奏者は個性があった」と言われると思うのです。
はじめまして。
その新聞のコラムを読んでいませんので、どのような意味で「個性がない」ということかはハッキリしませんが、「個性がない=演奏能力がない」という意味ではないと思います。
「個性がない」というのは
1.演奏技術は高いが、その人の師匠そっくりで、コピー人間のような印象を受ける(オリジナリティがない)。
2.昔と違い、ボーダーレス社会になったので、新しい表現技術・演奏方法がすぐに広がるので、地域・流派による演奏家同士の差が小さくなった。
のいずれかの意味ではないかと思います。いかがでしょうか?
その新聞のコラムを読んでいませんので、どのような意味で「個性がない」ということかはハッキリしませんが、「個性がない=演奏能力がない」という意味ではないと思います。
「個性がない」というのは
1.演奏技術は高いが、その人の師匠そっくりで、コピー人間のような印象を受ける(オリジナリティがない)。
2.昔と違い、ボーダーレス社会になったので、新しい表現技術・演奏方法がすぐに広がるので、地域・流派による演奏家同士の差が小さくなった。
のいずれかの意味ではないかと思います。いかがでしょうか?
2008-06-24 火 22:40:03 |
URL |
Ishii
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よく耳にするのは「昔の演奏者は、音を聞くだけで誰が弾いているかわかった。その点今の演奏者は、技術は高いが皆同じようでつまらない」という感じです。
その理由はIshiiさんがおっしゃる「2」の理由も大だとおもうのです。しかし私は、今のトップレベルの演奏者も、大きな個性(魅力)をもっていると思います。
もしも過去の演奏者と比べて、よほど魅力を感じないのであれば、演奏者側でなく、自分自身の感受性の衰えの方に原因があると思うのです。私自身の話ですが、10代、20代前半の時と比べると、自分でわかるほど感受性、記憶力、瞬発力、体力、聴力などが落ちていると実感します(もちろん、上がっているものもあります)。
数十年前の名人たちも、「最近の若い演奏者は・・・」と言われたのではないでしょうか?あくまでも私の想像ですよ。
その理由はIshiiさんがおっしゃる「2」の理由も大だとおもうのです。しかし私は、今のトップレベルの演奏者も、大きな個性(魅力)をもっていると思います。
もしも過去の演奏者と比べて、よほど魅力を感じないのであれば、演奏者側でなく、自分自身の感受性の衰えの方に原因があると思うのです。私自身の話ですが、10代、20代前半の時と比べると、自分でわかるほど感受性、記憶力、瞬発力、体力、聴力などが落ちていると実感します(もちろん、上がっているものもあります)。
数十年前の名人たちも、「最近の若い演奏者は・・・」と言われたのではないでしょうか?あくまでも私の想像ですよ。
2008-06-24 火 22:56:24 |
URL |
佐々木朗
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youtubeなど見ていると、例えば、ハイフェッツの演奏の合間にひとりひとりの表情が見えるほど、客席が写ることがたまにあります。全員が一心に聴いているように見えます。魂が抜けてます。現代の聴衆もそんな風に聞いているのだろうか?と疑問に思います。最近は特に、手軽で刺激の強い娯楽が多いし、テレビのように画面の向こう側という見方をすることも多いのではないかな、と。そう考えると、場の力については、昔より今のほうが奏者とって不利なのではないかと思います。迷信的ですかね^^
2008-06-25 水 08:51:28 |
URL |
魚丸
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