投稿日:2007-11-16 Fri
良い音(楽器)とは・・「遠足のおにぎり」みたいなものです。
遠足は、よく歩き、空気がいいので、ご飯がおいしい→練習量・環境に俊敏に反応しいい音を出す楽器がいい楽器? かな? いや読みが浅いかな?
2007-11-16 金 15:01:08 |
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oruka
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炊きたて、握りたて、パリパリ海苔のおにぎりは、それなりに美味しいけれど、時間とともに塩味、具の味が馴染んだ<遠足のおにぎり>は記憶に沁みついている味です。時間と環境が味を生み出し、作り手=奏者の心のこもったもの・・・
お初の投稿で生意気言って、すみません。
お初の投稿で生意気言って、すみません。
2007-11-16 金 18:00:52 |
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onimaru
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読みが深い。そっちのほうが正解ですねきっと。
2007-11-17 土 08:02:37 |
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oruka
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おおナルホドなーと思ったのですが、これは解説が要りますね。
私は、遠足が楽しいかどうかが本質的なことで、他は付随的なことと読みました。
それにしてもどんどん文章量が減ってますね、佐々木さんの記事は。
最初見たとき、下書き投稿しちゃったのかな?と思ってしまいましたよ
私は、遠足が楽しいかどうかが本質的なことで、他は付随的なことと読みました。
それにしてもどんどん文章量が減ってますね、佐々木さんの記事は。
最初見たとき、下書き投稿しちゃったのかな?と思ってしまいましたよ

2007-11-17 土 14:48:45 |
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魚丸
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テレビで某「美食マンガ」の実写版を見て感涙にむせんだ
直後、ふと、この掲示板を見て、書きこみたくなりました。通りすがり
の書き込みをおゆるし下さい。。
遠足のおにぎりは、きっと、普段と異なる、特別な、
しかし、楽しみな、ちょっとだけ非日常の時間の中で
食べる「お弁当」。
そのおにぎりは、握ってくれた人は、いつもの人であり、
かつ、
当たり前に、しかし、手抜きすることなく普段通りに
握ってくれていて、
愛情を感じることができて、そして、当たり前であるがゆえに
今も、昔も、これからも、変わらない、と安心できる。。
無意識に、信頼し、安心し、身を委ねている。。
そのことに
対して、滅多に感謝に感じることはなく、お礼を改めて申し上げる機会
も、普段の生活の中ではない。意識すら、滅多にしない。
同時に、遠足のおにぎり、というのは、お弁当の中では、
「地味な存在」
ですね。たいてい、お弁当、というと、おかずのほうに
誰もが目をやってしまう。。
で、おにぎりや、ご飯は、あまり注目されない。。
けれど、厳然と、そこにある。。
「お弁当の個性」を「おかず」が発揮できるのは、
「おにぎり」なり「ご飯」がしっかりと
おいしいから。。
それが、おにぎり。あるいは、ご飯。
そこに、どのようなおかずを盛るかは、演奏者におまかせ。
いかなるおかずが盛られようとしても、決してぶれないあり方で、
お弁当全体の個性が発揮されるのを
助ける。
それが、おにぎりであり、ご飯なのかな、などと。。
そのようなおにぎりやご飯は、それ自体、十分おいしい
のみならず、どのようなおかずをも、受け入れ、
活かす余地を秘めている。。
そんなことを、強く思いました。長文コメント、おゆるし下さい。
直後、ふと、この掲示板を見て、書きこみたくなりました。通りすがり
の書き込みをおゆるし下さい。。
遠足のおにぎりは、きっと、普段と異なる、特別な、
しかし、楽しみな、ちょっとだけ非日常の時間の中で
食べる「お弁当」。
そのおにぎりは、握ってくれた人は、いつもの人であり、
かつ、
当たり前に、しかし、手抜きすることなく普段通りに
握ってくれていて、
愛情を感じることができて、そして、当たり前であるがゆえに
今も、昔も、これからも、変わらない、と安心できる。。
無意識に、信頼し、安心し、身を委ねている。。
そのことに
対して、滅多に感謝に感じることはなく、お礼を改めて申し上げる機会
も、普段の生活の中ではない。意識すら、滅多にしない。
同時に、遠足のおにぎり、というのは、お弁当の中では、
「地味な存在」
ですね。たいてい、お弁当、というと、おかずのほうに
誰もが目をやってしまう。。
で、おにぎりや、ご飯は、あまり注目されない。。
けれど、厳然と、そこにある。。
「お弁当の個性」を「おかず」が発揮できるのは、
「おにぎり」なり「ご飯」がしっかりと
おいしいから。。
それが、おにぎり。あるいは、ご飯。
そこに、どのようなおかずを盛るかは、演奏者におまかせ。
いかなるおかずが盛られようとしても、決してぶれないあり方で、
お弁当全体の個性が発揮されるのを
助ける。
それが、おにぎりであり、ご飯なのかな、などと。。
そのようなおにぎりやご飯は、それ自体、十分おいしい
のみならず、どのようなおかずをも、受け入れ、
活かす余地を秘めている。。
そんなことを、強く思いました。長文コメント、おゆるし下さい。
佐々木さんそろそろ解答をお願いします。
2007-11-19 月 16:17:52 |
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oruka
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皆様、こんばんは。この頃は修理・調整が立て込んでいて首が回らない状態です。返事が遅くなり申しわけありませんでした。
さて「遠足のおにぎり」の件ですが、別に謎かけでも、答えがあるわけでもありません。それぞれの人にそれぞれの考え方、そして思い入れがあると思います。
ちなみに私の場合には・・・
「遠足のおにぎり」には「普通のおにぎり」以上に美味しく、また思い入れもあります。
・おにぎりを食べるまでの苦労や空腹。
・友達との和気藹々。
・素晴らしい景色や空気。
おにぎり自体の味でだけはなく、「それ以外の要素」が味の本質だとおもいます。味の本質は、食べ物側にあるのではなく、自分側にあると思うのです。
音の本質も、楽器側よりもむしろ自分側にあります。もちろん楽器はどうでもよいと言っているわけではありません。しかし、演奏者側の意識が音を作り、そして演奏者の意識が音を理解(解釈)して受け止めます。
面白いもので、そのような素晴らしい人のもとには自然と良い楽器も引き寄せられるものです。
素晴らしい音を出している人がいたら、その音の秘密は、その楽器が良いからというわけではなく、その人が素晴らしいからです。
さて「遠足のおにぎり」の件ですが、別に謎かけでも、答えがあるわけでもありません。それぞれの人にそれぞれの考え方、そして思い入れがあると思います。
ちなみに私の場合には・・・
「遠足のおにぎり」には「普通のおにぎり」以上に美味しく、また思い入れもあります。
・おにぎりを食べるまでの苦労や空腹。
・友達との和気藹々。
・素晴らしい景色や空気。
おにぎり自体の味でだけはなく、「それ以外の要素」が味の本質だとおもいます。味の本質は、食べ物側にあるのではなく、自分側にあると思うのです。
音の本質も、楽器側よりもむしろ自分側にあります。もちろん楽器はどうでもよいと言っているわけではありません。しかし、演奏者側の意識が音を作り、そして演奏者の意識が音を理解(解釈)して受け止めます。
面白いもので、そのような素晴らしい人のもとには自然と良い楽器も引き寄せられるものです。
素晴らしい音を出している人がいたら、その音の秘密は、その楽器が良いからというわけではなく、その人が素晴らしいからです。
2007-11-19 月 21:50:36 |
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佐々木朗
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